介護雑感65

知的障害者施設訪問した。

午後のひととき、音楽の時間がきた。以前、テレビで見たことがある、食器や身近にある物を曲に併せて叩いたり、吹いたりする演奏で正直またまた雑音を聞かされる。そして、父兄や観客が演奏が終わると褒めるというパターンである。正直なところ、うまいとも思わないし、褒めすぎだと感じていた。一言でいえば、あまやかし、でなんでも良く出来ましたの世界である。

私は、太鼓の演奏にはちょいとうるさい。なぜなら二人の子供に太鼓を習わせていたときに、だらだら態度がゆるせなくて呼びつけてなんどもしかった。びんたもした。「もうやらなくてもいい。」私のきびしい教育のおかげかふたりともばちを放り投げたり、右と左のばちを交互に変える、高速でばちを打つ。ずいぶんと上達して千葉県の成田山で開催される4月の太鼓祭りの表紙も飾った。私もうまくは無いが武田節や常磐炭鉱節くらいはまあなんとか打てる。ドドンがドン、太鼓には音符がない。ひたすらリズムの勉強である。子供は高校受験を控えて辞めたいと言ってきた。私は、正直がっかりしたが、かれら二人が希望ならしょうがないときっぱり諦めた。でも、人生に経験は生きると信じている、いつか、感謝されることを願っている。

さて、今日は太鼓のお披露目ということで、これもまたたいしたことは無いと、たかをくくっていた、正直、その前にアコーディオンのボランティアにきてくれたおじさんは自分だけが酔ってしまって、リズム感ももないし歌えない。もっと、練習してきなさい。そんな感じ。太鼓もたいしたことは出来ないと期待はなかった。でも、ちょっと雰囲気がちがうぞ。おそろいのはっぴ姿でかっこいい。太鼓も本物。たった1曲しかまだ完成していませんが、この3か月太鼓の先生に教えていただいたので今から演奏します。ばちをかまえて、指導者が手をあげた。振り下ろすと同じにどー~んと一番鼓がながく鳴り響いて徐々にばちさばきが早くなり、一瞬の静寂をはさんで約5分の演奏が終わって涙がこみあげてきた。さっきまで、ぼ~としていた子が笑顔で叩いている。太鼓は音ではない。笑顔が音を作ると信じている、そして、笑顔でないと感動は伝わらない。すばらしかった。太鼓の先生は、それはそれは太鼓に関しては、知的障害者であろうとなかろうと下手な子には徹底的にやらせる、わがままはゆるさない、人はだれでもうまく上手になる可能性をもっている。すばらしい教育者がいれば子供は育つ。真剣に取り組めば、子供にはわかる。私も、こういう教育者になりたい。

ついつい、かわいそうだからとお菓子をあげすぎる。肥満や糖尿のこもいるという。あまやかしすぎるのも良くない。

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