介護雑感60

今日は本当に 人に疲れた。 あの人が来るから行かないとか? あの人のトイレの後は使えないとか ?あの人が居るだけでいやだとか その他いろいろ。

施設の玄関に もう何年も 鳥籠に入った インコがいる 。お客様が来ると ひたすら こんにちはこんにちはこんにちは。 名前は、 ピーコ。  最近夜勤に1人なると、 このインコと会話?をする機会が多くなった。 人よりも可愛いし 、何しろ 文句も言わない 。ひたすら首を振って 頷いてくれているようでもある 。そして、私の憧れは このインコの姿である。 この狭い鳥籠の中で、何年も同じバーにつかまって、 夜はそっと目を閉じてじっとしている。 寝ている時にも 、止まり木にはしっかり掴んで、決して 横になったり しない。 多分、 この鳥が 横になることは 死を意味する時だと思う 。もし、この鳥が癌に侵されたりしても、介護という概念が存在しない。

私は、この鳥の 生命力と、 忍耐力、と そして 毎日毎日 少ない餌を食べ 、そして元気でいる姿を見ると、 なんと人間の 欲望の 醜さが 見えてくる 。

話は変わるが 、私は原則として 猫も大好きだし 犬も大好きだし 、もちろんインコも大好きである。 しかし 、それは 大自然と共にある動物であり 、かごに入れられた、 猫や犬やインコではない。

私の心情から こんな狭い場所に閉じ込められて 一生を過ごすことは 可哀想ということでしかない。 だから、私は飼いたくても飼えない。人が、介護で 痛いの痒いの いろいろなわがままに対応するため 、すべて 薬薬薬 の 世の中になってしまった。 これで本当にいいのだろうか? 介護って何? インコを見ていて 今日は色々考えることが多かった。

私は、大空を駆け巡るインコでありたい。

 

2025団塊の世代が後期高齢者に突入し、なんと日本の人口の6人に1人が後期高齢者という時代になる。天気予報や火山の噴火予知、地震余地は外れることの方が歓迎だけれど、人口予測はもう確定事項になっている。

厚生労働省の少子高齢化対策の3つの内の一つが、外国人労働者の積極的な受け入れ、移民、難民制度の見直し。高齢看護介護資格者の現場復帰を促す。なるほど、でもね。猿でもわかるこんな安直な考え方ならあと100年後、日本はアジアに東にある小さな島国にすぎない。グローバルスタンダード、世界の人々が同じように生活しうる環境作り。世界平和に貢献できる日本?

いつも黒人の問題について話しはじめると𠮟られてしまう。貴方は、日本国内で介護看護全ての分野で黒人の活躍する機会を奪おうとしている。そのくせ、なにも手当出来ずに文句ばかり言っている。でも、待ってください。そう言ってる人達は本当に黒人や白人に介護をして貰った経験あるの。大股を開いて、オムツ交換や排便の処理をさせていいの?そのように聞きとだんだんトーンダウンする。

自慢じゃないが、私は100キロをこえるグラマーな黒人女性に、ハグされて(潰されて)おもちゃのように扱われいい経験をさせてまらった。人種差別とかじゃなくって、黒人独特の体臭に馴染めないのだ。体も大きいし、今、の醤油顔の男性には体力もない。もしも、もしもだけれど、こんな国の人達と体力勝負で争ったら100パーセント勝ち目はない。

私はこう考えている。人口が少なくなるのは避けられない、でも、一足飛びに外国人労働者雇用や移民には反対である、反対する理由は明確である、日本人でなくからである。混じることは(混血)、美につながるかも知れないし、今までの日本とは違ったあたらしい国家が創造出来るやもしれぬ。だけど、日本の歴史、文化は否定されもうない。

小さくてもいい。壊れやすいほど繊細でもいい。だけど光やがやき、平和な国があればよい。

どうなろうとも、20年後にはもう確実にいないのだから生きている内は、夢見ていたいと思う。

 

 

今日久しぶりに盲導犬を見た。

50代の背広を着た男と 犬の毛並みも綺麗に揃って うつくしい、交差点の赤信号(音で判断してる?)にかかると入るはピタッと止まって ご主人も止まる。青信号になるとさっと立ち上がって 静かに歩き始めた 。

 

もしかしてもしかしてだけど、 未来の介護が ロボットと犬にとって変わるかもしれない。 人によっては 人との紛らわしさに紛らわせることなく 、そのことがいいと思う人も 間違いなくいると思う。

今、日本では 熟年離婚が増えてきているそうである。これは、韓国や台湾でも見られる現象で 夫や妻に縛られず 自由に生きていきたいというのが その背景にあるそうであるが どうもこれは私は違うように思う。 人を愛さなければ、 自分が愛されることはない 。動物だって 餌をやり スキンシップをして 大事に大事に扱えば、 犬はその期待の倍以上に答えてくれる 。私はそう信じている。

盲導犬が普及することは、 これからの社会にとって必要不可欠であると思うが、 盲導犬を 教育するのには 3年の時間と 適性が求められるそうである。 どんな犬でも 盲導犬になれるわけではない。 そして、 盲導犬を譲り受けられるためには それ相当の お金も必要になってくる 。一人でも多くの人が 自分の思うように 生きるために、 盲導犬が 増えることを 願っている。

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