介護雑感50

夜勤介護職、不思議?介護アルアル。

 

介護の事故やトラブルはだいたい明け方、それももうすぐ交代という時期に多発する。

人が亡くなる時は、潮が引き時と聞いた事があるけれど、朝方になるとほんとうに急に亡くなったり救急車を呼んだり、小さなトラブルが多い。介護はほうれん草の仕事でもある。報告、連絡、相談の繰り返し、決して、独自で判断してはいけない。ましてや、臨終に際には移動したり、心臓マッサージでさえもトラブルの原因に?

 

今朝のトラブルは、洗濯機に紙オムツが入っていて、とっても大変だということ?夜勤者は誰?おばさま方にとっては、朝から格好の話でたちまちの内に広まり、また三橋さんなの?

という話で持ちきり。私は、心を痛めて帰宅する。

 

でもね?これは私は初めてだし、自分では全く自覚していないこと。それが一番悪いと言われれば反論は出来ないが、朝の5時から12人に介護?汗びっしょり、忙しい。オムッが部屋に置きっ放し。尿瓶に入ったまま。オムツが濡れている。部屋にゴミが。トイレが流れてない?あれれ・・・・・じゃあ、あんた方、やってみたら。これは、わずか1分前の事かもしれないし、いじめで全くの嘘でっち上げ?だと思うこともある。

 

じゃあ,あんた方、自分で夜勤をおやりになってみたら?自分が、そう言われたら、どういう気持ちになるか?考えたことあるの?と大きな声で叫びたいけど、これをいったらおしまいだから、言わない、言えない。帰る間際に、報告書を書かされたり、残業にもなりゃしない。第一、昨晩一生懸命仕事は水の泡?

 

ズボンはまず尿失禁の場合は、ハイターに5分以上つけること、ズボンはよく乾くように裏返す、紙や薬やオムツが入っていないか良く確かめる、万一小銭は貴重品はの場合には、誰のズボンか調べてノートに記入の上、わからないの?判っています。出もね・・は通じない。反省ノートに、書くことも毎回決まってる。今後、このようなことのないよう充分気をつけます。指導要綱を守ります。(これっきゃない。)

 

先日、みんなで仕事をしているのだから。揚げ足を取らず、みんな仲良くやりましょうと書いたら、お局様の看護婦から呼びつけられて、貴方は自分の過ちを他人に押しつけるの?書き直してとキツク言われて上司なので書き換えた。(自分は、偉そうにオムツ替えや風呂介助はしないのに・・・・)

 

私は、自分が故意にやった事のないことは気にしないようにしている。いちいち、気にしていたらやっていたら身がもたない。

 

常在戦争」という言葉がある。いつでも、戦争をしているときの様に、真剣に気を張ってやり抜けば、解決は図れるということで、戦国の世、米百俵で有名な家訓でもある。飢餓に植えてる村人に取って、米を分けることは簡単だが1人に与えられるのは、たった4合。飢えた村人にはまずか1日分(宮沢賢治の雨にも負けずから。一日に4合の飯と・・・)にしかならない。この米をお金にかえて学校を作ろう。皆で智恵を出し合って明日の為に「教育が大切」私は、この言葉を大切にしている。

 

気にしないといったら、また𠮟られるが、自分に正直に生きてさえいれば怖がることは、何もない。

 

今、介護現場は慢性的な人手不足で、資格がなくても採用せざるをえない状況に追い詰められている。海外からの雇用者も、試験制度や条件でなかなか定着はしない。

 

 

に認知症の高齢男性が電車にはねられて亡くなり、遺族が鉄道会社から高額な損害賠償を請求された訴訟は、最高裁判決で遺族が逆転勝訴した。家族だけが責任を抱えなくてもいいとの初の司法判断で、地域で自分らしく暮らし続けたい認知症の人を勇気づけた。一審名古屋地裁は、高額賠償を認める判決を出した。家族に監督義務があったとして、JR東海が請求約720万円全額の支払いを命じた。時代遅れの司法。(裁判官は、エリートで淡々と書類だから、こういう判断が多い)私は、この最高裁の判決を支持する者だが、無罪になったからと決して喜べる話ではない。最高裁判決迄には約10年かかっているし、絶対勝訴できるとは断言できない。「家族が責任を問われるなら、家に閉じ込めておくしかない。ということか」最近こんな話がいっぱい出てきている。白杖の人が、ホームから転落事故、車いすの人が踏切を渡りきれず事故。その他酔っ払い、自殺。毎日のように朝のスマホには。都内の事故情報が入る。年間3万人の自殺者の約1割は都内、直接は認知症とは無関係だが、電車を止める事故である。上記の案件は、JR東海側からすれば、損害額は、軽く見積もっても推定1千万以上という。電車の直接の損傷、事故復旧に掛る人件費(ダイヤ編成、駅員、工事車両、振替乗車運賃)朝のラッシュアワーではさらに数字が跳ね上がる。車いす事故では、運転手が死亡するケースはほとんどないようだが、運転手も一定期間休ませ、健康診断、精神状況の検査。その後のトラウマによる後遺症。これが、すべて、認知症という理由だけで回収不能となれば、これもまた大きな問題だと感じる。

担当者によれば、「日々の事なので、毎日訴訟に追われる余裕も時間もない、但し、請求は自殺者であれ、なんであれ、監督責任や相続人には必ず発行される。」ほとんどは、相続拒否や時効でとれない事は重々分っての事だが、「こんな、痛ましい事故は二度と起こしてほしくない。加害者も被害者もお互いに被害者なのだから、判決は判決として受け止めなければ成らないが、認知症をもつ家族は出来るだけの管理監督責任は持たなければいけない」と述べている。

 

 

 引用文献  長男が語る「認知症鉄道事故裁判」 – 全日本民医連 (min-iren.gr.jp)

両親は二人暮らしでしたが、私の妻が単身で近所に移り住んで介護を助け、私も殆どの週末、横浜から愛知に帰りサポートしていました。
父はデイサービスから帰宅した夕方、一緒にいた母(当時85)が6~7分まどろんだ間に、道路に面した扉から出て行ったようです。その扉から出て行ってしまうのは初めてのことでした。家の別の玄関扉は父が近づくとチャイムが鳴るようになっていて、母は夜な夜なチャイムに起こされる生活を送っていたのです。目を離した母を責めることはできません。
現場のJR共和駅まで、父は1駅電車に乗ったと推定されています。「お金も持たず、ゆっくりとぼとぼとしか歩けない父がどうして?」と最初は信じられませんでした。父は電車の停車位置から150mほど離れたホーム先端のフェンス扉(無施錠)から、排尿のために線路に下りたと思われます。認知症とはいえ羞恥心がありましたから。
そのフェンス扉は一審の裁判中も無施錠のままでした。JR東海には「原因を究明して再発防止を」と考える職員はいなかったのでしょうか。父の死が無視されたようで、温厚で優しかった父を奪われた悲しみがより一層深くなりました。裁判所に判決をお願いする決意をした最大の要因です。

現在は施錠されているJR共和駅のフェンス扉

民法の解釈を変えた判決

一審はJR東海の主張を全面的に認めるものでした。裁判で争いになった民法714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)は、明治時代の大家族制度を前提に「家族共同体の成員の不始末は家の代表者が無限定に責任を負う」という規定で、これを覆す判例は殆どなかったのです。自分の主張は間違っているのかと、和解せず判決に持ち込んだことを後悔しそうになりました。本当に孤独な闘いでした。
しかし、この判決がマスコミで報道されたことによって、内容に衝撃を受けた方々からの反響と応援が届き始めました。「認知症の人と家族の会」は、認知症の高齢者を「24時間、一瞬の隙もなく見守っていることは不可能」として、「あまりに認知症と介護の実態を知らない判決に怒り」とする見解を出してくれました。
介護保険に携わった厚労省の元官僚の方は、「我が国の認知症施策」「在宅で暮らすことが相当と考えられている理由」などを記した意見書を裁判所に提出してくださいました。みなさんの応援が本当に励みになりました。
逆転勝訴となった最高裁判決は、認知症700万人とも言われる時代を前に、世間一般の常識に合わなくなった民法の解釈を変え、介護している家族に安心と救いを与えたと思います。良い判例を残せて、ほっとしています。

【裁判の経緯】

2007年12月  JR東海道本線共和駅で高井良雄さん(当時91)が電車にはねられ死亡
2008年5月  JR東海より高井さんの遺族に対して、損害賠償請求(約720万円)が届く
2013年8月(一審)  名古屋地裁が高井さんの妻と長男に対して、請求額全額(約720万円)の支払いを命じる
2014年4月(二審)  名古屋高裁が高井さんの妻に対して、請求額の半額(約360万円)の支払いを命じる
2016年3月(最高裁)  最高裁がJR東海の損害賠償請求を否定する逆転判決

地域で支え合って

裁判では父の「徘徊」が焦点になりました。「徘徊」という言葉には、何を考えているのか分からない人が、無目的に歩き回るというニュアンスがあります。しかし、父は生まれ育った家やかつての職場など、必ず目的を持って歩いていました。「徘徊」という言葉は極力使わないでほしい。私は困っている方を見かけたら、優しく静かにお声がけしようと思います。認知症の方が尊厳を持って安心して暮らせるように、地域で支え合っていけたらと願ってい2007

 

こんな日本に。誰がした?

今日。朝、スーパーマーケットに行ったら?バナナと。みかんが半額セールで、大変な混みあいだった。もちろん。レジもたちまちの行列。

その中に認知症若い男性がいらして。お金の清算の仕方がわからない。財布がわからない。財布がない。レジの若い女性も場所は?ゆっくり探してください。とおっしゃっていたが約2分たっただろうか?。並んでいるお客さんの中にやはり同い年ぐらいの男性の方がいらっしゃって、「ばかやろう!何やってんだ。みんなならんだるんだぞ!」と突然大声で怒鳴ったものだから、辺り一面凍りつき、特に若い女性のレジ係は真っ青で言葉もでない。レジは1つではないので、私は黙って他の列の最終に移った。ただ、少しそれだけの事なのだが、男性は、そのまま猛然とレジ係を襲った。誰も、その男性を怖がって意見もしない。人は、怖いと思って見れば、怖い人になってしまう。しばらく大声で言い合ったあと、やっと男性の責任者らしい店員がきて、私はやれやれと安心した。

ところがである。驚いたことに一緒になって、若い男性を注意している。大声を出したお客様には、もう「ペコペコ大変申し分けございませんと深々と謝っている。」後から来た人は?様子が飲み込めないが、多分若者が万引きでもして大声の男性がつかまえたかのようなそんな様子。私は何も出来なかったが、その場に居合わせた人は皆不快に思ったに違いない。

(男性は、店員に促されて、事務所へつれて行かれた。支払い現場を、私は見ていないので断定は出来ないが、男性は財布を探してる間に、パニックで一時的に財布がみつからなかったのだと思う、上下ジャージで、サンダル履きがら、遠くの人では無いだろう)

数日後、荷物を詰め替える棚に投書ボックスがあったので一部始終を書いて(勿論連絡先も)投書。返事を求めたわけではないが、この店の店員教育やコンプライアンスはどうなってるの?と感じた。1週間返事はない。だから、教育も反省もない、アンケートやクレームは、見かけ倒し?

私は、あの若い男性が、毎日どこかでまるで泥棒扱いのような扱いを受けているような、気がしてならない。一人なのか?お母さんと一緒なのか?

日本人は、農耕民族で助け合って生きてきた。私は、親からクレーム苦情は、漢字で書けば「苦礼無」だよと教わった。まず、誠意をもって謝る。そして、わざわざ知らせてくれたことに対しお礼を言う。そして、それがまるで無かったかのように振る舞う。

禍根を残しては、自分自身が生きるのが辛くなる。

 

夜勤の時間帯に一人の男性が亡くなられた。

 

2時過ぎの巡回に行った時に、ベッドから落ちていた。この男性がベットから落ちるのは初めてであったが、施設ではベッドから落ちる利用者はめずらしくない。そのために四つん這いに倒れていた彼を抱きかかえてベッドに移動した。仰向けに寝かせたところで、初めて異状に気がついた、脈はなし、心肺停止の状態である。私は、血圧計、酸素濃度、体温計を取りに行き呼びかけたが反応なし。すぐに救急車を要請、救急病院に直行した。ベッド上では、胸骨圧迫を3分ほど行ったが、夜勤は1人だし、全く反応がなかったので後は、救急隊にお願いした。

 

あわただしく救急車に乗ったので、着の身着のまま。救急隊員が矢継ぎ早に状況や、本人の情報について聞かれた私は、ファイル一冊持ち出しただけなのでわからない事だらけ。結局は病院に社長を呼び出し、保健証やその他の処理をお願いした。 

 

私が救急隊員に話したのは、ベッドから引き上げて脈を確認した時点だったので、まずそのことを申し上げた。四つん這いになっているときには、まさかまさか死亡しているとはつゆにも思わないので、確認した状況をお話したが?・・・・医師の診断やCTスキャン、レントゲンの結果、警察が呼ばれ検死が行われた。首に傷があり、額が赤く腫れて、その原因究明の為に、現場検証や聴取が行われた。このような、ケースは始めての経験であり、私としては、一生懸命にやった結果が、かえって事件性の可能性、もっとはっきりいえば、殺人者としての犯人としての取り調べにような気がして、少々腹立たしく感じたのは事実である。

調査は徹底して行われ、8名くらいの人が入れ替わり、立ち替わり、普段の行動、最近の状況、貴重品管理、ビデオの確認。現場現状の写真。等々

 

検死官の話を聞いた。「私達は、亡くなられた方の人権を最大限に尊重し、口をきけない人の代弁者として、事実誤認のないように作業するだけで、決して、死者の外見や、発見者を疑うとかの先入観は?は毛頭ない、警察官から聴取を受けると言うだけで、重圧に感じることはあると思うが協力して下さい」との事。

 

交通事故でも何でも、頻繁にあることではないし、精神的にパニックになってしまうことは

理解できるが、「何よりも、救える命があれが、最後まで助けることが大切。」いくら、パニックになっても、逃げてしま得事が一番許せない。

 

私も、いろいろ亡くなられる現場を見てきたが、すべての案件は古個別であり、同じことはない。ご冥福をお祈りいたします。

 

介護は人を扱う仕事であり、いろいろな面でメンタルが強くないと、自分がノイローゼや喪失感に苛まれてします。

 

介護施設では、みんな病気だし、時間もわからなくなり、夜に排便が多くなることに気がついた。排便記録に三日ないと、まず下剤を服薬。作用が強いと、1~2時間後には反応がでて、トイレに!

特に大変なのが、真夜中オムツでは間に合わす、布団の中での排便、水溶性のお年寄りの便は特に一人ずつ臭いし、布団を汚すと、消毒、洗濯もう大変。介護とは、上のお口と下のお口のお世話することなり。

夜勤の、最初の頃に引き継ぎの際に、夜勤の人は、時間があるのだから、布団迄汚さないように気きをつけてよ。ときつく言われてビビった。洗濯や消毒、布団干しが大変なのは、よく理解出来てもコントロール出来ないものについて、あれこれ文句をいわれれば、心は傷つく。

みんな病気で、昼間も直ぐに横になるから、夜寝られない。寝られないので、騒ぐ。先日、隠れてベッドでタバコを吸った痕跡を見つけた。これば、火災発生の原因になるから厳重注意。施設利用者は、自分だけしかかんがえていないから、いたちごっこ。全てが介護。

71歳になって、夜勤は最近はしんどくなってきた。仮眠は延べ4時間くらいはある。家では夜中の2時3時までパソコンに夢中でも、用事があれば4時間でもOK。だけど、同じ4時間でもいつコールがなるかわからない状態では、勿論熟睡はできない。仕事柄、深夜に働いている人の数は、想像以上に多いかも知れない。

 

設の中には、アイドルがいる。インコのピーコである。もう5年元気で、今午前2時、止まり木に止まって目を閉じじっと動かない。朝、毛布の目隠しをとれば、こんにちわのくりかえし。時々うるさいとも思うし、もっと他の言葉でも覚えてよと特訓するが、ダメ。

話は変わるが、施設には今8人いるけど、おしっこは、垂れ流し、オムツ効果はなし。ベッドに入ってぶつぶつ、褥瘡で背中が痛い、8人は8人それぞれさまざまは病気をかかえている。

インコはね。寝る時も立っているし、おとなしい。思わず貴方がた?すこしはインコをみらないなさい。

そして、こんなことを考えた。人の細胞は60兆ともいわれている。多少悪いものを食べて壊れても影響はない。しかし、金属が疲労劣化するように、少しづつ壊れても気がつかない。まっかっかの辛子明太子には、添加物の亜硝酸ナトリウムも入っていて、発癌性があると指摘されている。されど、あっかかいできたての白米に乗せて食べたら美味しい。毎日毎食食べていないから、ダイジョブと厚生労働省の見解。

さてさて、インコの細胞数は、わからないが横になって休む事はあり得ない。細胞数が少ないから病気になるとあっと言う間に亡くなることもある。

薬の副作用は、無限大であり、人はそれぞれ違うので、痛みや腫れやかゆみがいったいどれが原因なのかわからない。食品添加物で体を壊したとしても、証明はまずできない。ならば、日頃から食べなくていい。

最近、昭和一桁生まれの親が、子供達の介護をするケースも多く見られる。単純に考えれば粗食と戦争の飢えと貧困を耐えてきた親が、自由気ままに砂糖漬された若者を面倒みるのが、当然なのだ。健康であることが一番の親孝行。

介護老人になろう。

勿論、介護する方の人に。なんと、60才を越えても、介護保険初心者研修は、比較的やさしいし、若かった女性ともお付き合いできるチャンスかもしれない。そして、その上ね介護福祉士も合格者可能だし、65才以上の現役は5パーセント以上いる。

「65才以上で、資格取り働けば健康なら15年働ける」。資格者は、給与が高いから、20万も可能範囲。いい仕事だとおもいませんか?

つまり、元気ならば働ける。

施設には、どうしても必要な人材なので、売り手市場であることは間違いない。失礼ないいかたをするならば、力仕事の仕事や、夜勤をやらなくても、問題ない。

逆さま現象で、今、私の職場でも、どんどん若年認知症や一人暮らしでの入居者の若者もいる。病気の原因は、避けられない事もあることは、理解できるが、ニートやただ働きたくない人が、うつ病で薬で施設に入る人も中にはいる。まだまだ50代なのだが、よくなろうという気持ちがないのか、日がな布団に埋もれてなんにもしないまんま。

私は、自分自身が絶対に施設には、入らないと日々気をつけている。食事だって添加物や加工食品は食べない。わからないものは食べない。ストレスはためない。一生懸命やってエラーをしてもしょうがない。野球ならば、今度、とれるようになれば、きにすることはない。たった一度のエラーで、チームが負けることはある。でも、みんな打てなかったから負けたとも言える。どこの職場でも、そうかもしれないが、文句をいうやつは、山ほどいる、中には、野球を知らない人まで、ネットで、「お前のせいで、負けた、責任感じないなか。死
ね、ばかやろう」おおきな試合になれば慣れほど容赦ない。

私は今71才。介護現場は死ともむきあわなけれはいけないし、その時に即座に判断してやらなけば、ならないこともお多い。

ほっとけ、ほっとけ。自活して生きることは最優先。まずは、人に迷惑をかけないで、自立すること。

千葉県の大学病院緊急受付の救急搬送誘導員の仕事を63才から一年やった。出産、交通事故は、なむを得ないとして、夫婦仲良し。膣の中に電球を入れて取れなくなったとか。覚醒剤で路上で暴れ血だらけ。顔をみるとまたまた先月と同じ人。日本人は親切だから、覚醒剤で暴れても、静かになると自分が人命救助したような気分で、わざわざ救急車に同乗して助けたのだから車代払えって、もうめちゃくちゃ。勤務中も辞めたあとも守秘義務があるので、具体的な話は御法度だけど、週刊誌のネタなのだが、おおよそこんなもの。

本当に明日の朝の目覚めを楽しみにしている人の命が、その人達の為に助けられないとしたら。本当に助かりたい人が、覚醒剤やら、とんだとばっちりを受けてたすからないとしたら、許せない。ゴキブリ退治や子供の発熱に救急車を呼ぶ人もいるという。

日本では、救急車は無料、中には、医者にいって待つのがいゃで、救急車。とんでもないこと。日本人のモラルも嘆かわしい。

お正月に自分の親を介護するのがいやなので、救急車で病院に運んで短期入院という手もあるそうな。施設にも、正月だけとか

夜だけとかいろいろ電話があるが、ベッドは多少はあいているもの。金額が高ければ、預かる違法な施設もある。このような関係を

WIN-WIN の関係という?そうな。違法を承知しながら、やっているので指摘をされることもある。国が悪い、地方時自体が悪いから

こっちもしょうが無くてやっている。介護の行政指導の値する行動や違反は日常茶飯事である。指導する体制もなってない。痴呆自治体だから。

 

介護現場に限定されたことではないけれども 最近くれない族が多いことに懸念をしています 。

男性が、もう少し働いてくれたら。気を使ってくれたら、 そのような話が非常に耳に入ります。あの人は、なんなの?

自分だけ、今だけ、お金だけ。時間になれば、まちかまえて、タイムレコーダーをカシャンさよなら。

不思議なことに、帰り際にトラブルが多いし、日誌や引き継ぎかくことも結構あるんです。

もうすこし、丁寧に、わかりやすく、お局さんはそれで高い給与をもらってるのだから、たまったものではない。自分は、資格者。教えてあげてるの?感謝しなさいよという態度の人も。

普通の会社であれば 、社長に向かって 現場を知らなすぎる現場に、はいれとか。 感情的にあの人はダメよとか 言える人はいないと思いますが、 介護の特殊性は 特に最近感じるのです。

組織というものが分かっていない 。つまり介護というのは歴史的に みて、どうしても、 やってあげてるという上から目線が あると感じています。介護は、小規模現場が圧倒的だから、それゆえの弊害が?

大きな会社であれば社長直接文句をいうことは 御法度であり、くびになる案件だと考えますが。事務所には、 いろんな人がいて、入居者がいて、給与がもらえることを忘れている。

介護保険法や その他関係の規則は役員が作るものでその範囲で仕事をしなければ成り立ちません 例え 改悪であっても 受け入れる受け入れざるを得ないのです。

もう一つは教育に問題があると思います 学校を卒業してケアマネージャーや介護福祉士にあるいは看護婦さん看護婦さんになると 彼らは介護のプロとしての 仕事に着きます しかし一部の人たちは 頭では理解できていても なかなか わかってもらえないことも たくさんあります