介護雑感14

命の停車場
 
吉永小百合主演の「いのちの停車場」という映画を東京で見ました 。救急外来に勤務していた女医が、部下の医師免許をもたない看護士が、医師がいなかったので応急処置を行った責任をとって、辞職。 故郷の僻地医療を目指します 。原作では 自分のお父さんが、末期ガン に犯され要望で安楽死を選択し 自分は最後は警察に出頭すると言う 物語ですが、日本では安楽死は 犯罪ですから、正当性はありません、ので、最後は 焦点をぼかした 、つまり視聴者に判断を委ねる 終わり方になっています。この映画は、医師であるゆえに、一人の人間として、どう接することが、一番なのか?考えさせられた。最後の願いが、海を見たいのいう子供には、海を見せることが、ほんとの選択肢?子供やご両親の笑顔を見た時に、これでいい。と思う反面、実際には、行動できる人はほとんどいないのではないか?と感じた。
 
ところで、今日の昼飯は、取り立てのカツオの刺身に青ネギとニンニク、大葉をどかっとのっけて醤油をかけて、炊きたてのご飯を
食べた。うまい。うまい。でも、その後でなぜ施設ではほとんど刺身が出さないのか?特別養護老人ホームは、亡くなりまでの終のすみかである。刺身はダメ、果物はダメ、生野菜ダメ。インターネットで調べたら食中毒が怖くって、もし食中毒を起こしたら保健所の指導がはいったらやっていけない、最大公約数を考えればやむを得ないのかもしれない。しかし、一部では食事の30分前に刺身を個人一人一人に盛り付けた上で、年に何回かは提供しているという報告も見受けられた。
 
亡くなる前に、恩師にあってお礼を直接言いたい。焼きたてのサンマに大根おろしをかけてかぼすで食べたい。海が見たい。は、ほとんどかなえなれないのではないか?私の母も晩年3ツ月間、特別養護老人ホームにお世話になったが、幸い家の近くであった為に、最低でも3日に一回は母の食事を介助したり、話も出来たけれど、施設事務の方の話によれば、入所させたとたんに面会にこない家族も多いという話をきいた。
 
私は、最終的には施設に文句をいっても筋ちがいだと思う。子供達な身近な人達が、入所者に立場に立って、考えるべき問題で、何にやっても、やらなくても悔いが残ることはある。例えば、海に連れて行かなかったという反省もあるし、海に行って体調が急変して死期を早めた結果になってしまったかもしれない。
 
私は、先祖や両親のお墓参り、お見舞い、介護の面倒を決定的に行うことは、すべて自分の生き様に繁栄される、と考えれば、自分がきちんと生きる為に、一生懸命やるべきだろう。人をいかに自分が支えられたか?それにとって、それが、自分の天命を決める。私はそう信じている。
 
わ・た・し・は・し・せ・つ・に・は・い・れ・な・い。
 
そのために、今を一生懸命に生きたい
 

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